2010年11月10日
<<エリアごとのポイント説明>>南エリア
3)南エリア
<Q>QRチェックポイント(◆エイドステーション)
■志賀観光協会
◆大津港
◆守山市岬公園(今回はエイドのみ、QRチェックは無し)
<戦Q>臨時QRチェックポイント(戦国コース)
■湖族の郷資料館
■大津市歴史博物館
<その他、要チェックなポイント>
堅田:堅田は平安時代末期から江戸初期にかけ、琵琶湖最大の自治都市が築かれた所で「堅田千軒」や「諸浦の親郷」と呼ばれた。その端緒は寛治4年(1090)下鴨神社の御厨が置かれたことで、湖魚を献上する代わりにびわ湖の漁業権や通行権などを一手に握り莫大な利益を得た。その時活躍したのが堅田衆(湖族)と呼ばれる人々。豊かな堅田には、美しい風光に魅せられ、また堅田衆を頼り、各時代のヒーロー・ヒロインが往来した。源信、一休、蓮如、勾当内侍、新田義貞、 芭蕉等々。今も町のそこかしには激動の時代に夢を馳せた人々の名残をとどめる史跡が息づいている。
比叡山:京都の鬼門にあたる北東に位置することもあり、比叡山は王城鎮護の山とされた。古事記では比叡山は日枝山(ひえのやま)と表記され、大山咋神が鎮座すると記されている。延暦寺が日枝山に開かれて以降、大山咋神は地主神として天台宗・延暦寺の守護神とされ、大山咋神に対する山王信仰が広まった。また比叡山山頂の諸堂や山麓の日吉大社などを参拝して歩く回峰行も行われ信仰の山である。比叡山延暦寺では、名僧を多数輩出し、今もなお多くの参拝客で賑わう。山麓は門前として賑わいを見せる。
大津京:大津京、または近江宮(おうみのみや)は、7世紀後半の天智天皇が営んだ宮。近江大津宮(おうみのおおつのみや)、大津宮(おおつのみや)とも呼称される。滋賀県大津市錦織の遺跡が近江大津宮の跡とされている。
日本三銘鐘・三井の晩鐘:近江八景「三井の晩鐘」で親しまれている鐘は、古鐘「弁慶の引摺り鐘」の跡継ぎとして慶長7(1602)年、豊臣家による当寺復興の一環として鋳造される。現在も除夜の鐘の行事をはじめ、大津の町々に荘重な調べを届けている。
石山寺:東寺真言宗の寺院。本尊は如意輪観音、日本でも有数の観音霊場であり、西国三十三箇所観音霊場第13番札所となっている。またお寺は『蜻蛉日記』『更級日記』『枕草子』などの文学作品にも登場し、『源氏物語』の作者紫式部は石山寺参篭の折に物語の着想を得たとする伝承がある。「近江八景」の1つ「石山秋月」でも知られる。
瀬田の唐橋:近江八景「瀬田(せた)の夕照(せきしょう)」に描かれていることで有名。瀬田橋(せたばし)あるいは瀬田(せた)の長橋(ながはし)として多くの文学作品に登場する、日本三名橋の一つ。最初に架けられたのは定かではありませんが、日本書紀に登場しているのでかなり古い。昔から、「唐橋を制するものは天下を制する」といわれるほど、京都の喉もとを握る交通・軍事の要衝であり、何度も戦乱の舞台となる。現在のように大橋・小橋の形になったのは、織田信長(1534-82)が架け替えてからといわれる。
<Q>QRチェックポイント(◆エイドステーション)
■志賀観光協会
◆大津港
◆守山市岬公園(今回はエイドのみ、QRチェックは無し)
<戦Q>臨時QRチェックポイント(戦国コース)
■湖族の郷資料館
■大津市歴史博物館
<その他、要チェックなポイント>
堅田:堅田は平安時代末期から江戸初期にかけ、琵琶湖最大の自治都市が築かれた所で「堅田千軒」や「諸浦の親郷」と呼ばれた。その端緒は寛治4年(1090)下鴨神社の御厨が置かれたことで、湖魚を献上する代わりにびわ湖の漁業権や通行権などを一手に握り莫大な利益を得た。その時活躍したのが堅田衆(湖族)と呼ばれる人々。豊かな堅田には、美しい風光に魅せられ、また堅田衆を頼り、各時代のヒーロー・ヒロインが往来した。源信、一休、蓮如、勾当内侍、新田義貞、 芭蕉等々。今も町のそこかしには激動の時代に夢を馳せた人々の名残をとどめる史跡が息づいている。
比叡山:京都の鬼門にあたる北東に位置することもあり、比叡山は王城鎮護の山とされた。古事記では比叡山は日枝山(ひえのやま)と表記され、大山咋神が鎮座すると記されている。延暦寺が日枝山に開かれて以降、大山咋神は地主神として天台宗・延暦寺の守護神とされ、大山咋神に対する山王信仰が広まった。また比叡山山頂の諸堂や山麓の日吉大社などを参拝して歩く回峰行も行われ信仰の山である。比叡山延暦寺では、名僧を多数輩出し、今もなお多くの参拝客で賑わう。山麓は門前として賑わいを見せる。
大津京:大津京、または近江宮(おうみのみや)は、7世紀後半の天智天皇が営んだ宮。近江大津宮(おうみのおおつのみや)、大津宮(おおつのみや)とも呼称される。滋賀県大津市錦織の遺跡が近江大津宮の跡とされている。
日本三銘鐘・三井の晩鐘:近江八景「三井の晩鐘」で親しまれている鐘は、古鐘「弁慶の引摺り鐘」の跡継ぎとして慶長7(1602)年、豊臣家による当寺復興の一環として鋳造される。現在も除夜の鐘の行事をはじめ、大津の町々に荘重な調べを届けている。
石山寺:東寺真言宗の寺院。本尊は如意輪観音、日本でも有数の観音霊場であり、西国三十三箇所観音霊場第13番札所となっている。またお寺は『蜻蛉日記』『更級日記』『枕草子』などの文学作品にも登場し、『源氏物語』の作者紫式部は石山寺参篭の折に物語の着想を得たとする伝承がある。「近江八景」の1つ「石山秋月」でも知られる。
瀬田の唐橋:近江八景「瀬田(せた)の夕照(せきしょう)」に描かれていることで有名。瀬田橋(せたばし)あるいは瀬田(せた)の長橋(ながはし)として多くの文学作品に登場する、日本三名橋の一つ。最初に架けられたのは定かではありませんが、日本書紀に登場しているのでかなり古い。昔から、「唐橋を制するものは天下を制する」といわれるほど、京都の喉もとを握る交通・軍事の要衝であり、何度も戦乱の舞台となる。現在のように大橋・小橋の形になったのは、織田信長(1534-82)が架け替えてからといわれる。
<<エリアごとのポイント説明>>東エリア
<<エリアごとのポイント説明>>西エリア
<<エリアごとのポイント説明>>北エリア
自転車で琵琶湖一周のコース紹介⑤ 近江八幡~長浜
自転車で琵琶湖一周のコース紹介④ 瀬田の唐橋~近江八幡
自転車で琵琶湖一周のコース紹介③ 高島~瀬田の唐橋
<<エリアごとのポイント説明>>西エリア
<<エリアごとのポイント説明>>北エリア
自転車で琵琶湖一周のコース紹介⑤ 近江八幡~長浜
自転車で琵琶湖一周のコース紹介④ 瀬田の唐橋~近江八幡
自転車で琵琶湖一周のコース紹介③ 高島~瀬田の唐橋
Posted by 五環生活 at 14:59│Comments(2)
│びわ湖一周のコース紹介
この記事へのコメント
おーい、日程が間違ってますよ!
11月20・21日でしょ!
11月20・21日でしょ!
Posted by gengen at 2010年11月14日 18:28
gengenさん。御指摘ありがとうございます。しばらく間違ったままでした・・・。す、すみません。
Posted by 五環生活
at 2010年11月14日 22:33
